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前のフラットの階下には、朗らかで暖かい英国人老夫婦が住んでいた。クリスマス会や茶に招いてもらい、普段見聞きしない戦前の英国の栄華や異国に住む彼らの友人の話を興味深く聞いたものだ。
驚くほど海外事情通なのだ。各国の文物に彩られた部屋に招き入れられると、まずは日本人の友人からの手紙と写真の紹介。これは序の口(というかスリランカでは良く聞かせてもらった。)。オーストラリアのポート・マッコーリーという小さな港町にしばし滞在していたと話すと、娘がそこに在住だという。ほほぅ。話が進み、見せてくれたのは、彼の作品の邦訳本(南雲堂刊)。彼は、児童文学作家で(恐らく50-60年代に)数々の作品を発表して、うち一部が日本にも渡ったのだ。 よくよく話を聞くと、彼の父はAllen & Unwin出版社創業者にして国際出版社協会会長も務めたStanley Unwin爵(ナショナル・ポートレート・ギャラリーも彼の肖像画を4点収蔵)。この出版社は創業者の自由主義に基づき児童文学のLord of the Ringから社会思想書マハトマ・ガンディーまで網羅し、また海外文学を英国に積極的に紹介するなど、出版業界の興隆に大きく寄与し、また経済的な成功も収めたよう(爵のT.E. Lawrenceの書簡等を含む1,300箱の資料がレディング大学に所蔵)。彼はその父について日本を含む各国の出版社を訪問したという。日本の大手書店(恐らく紀伊国屋か丸善)に丁寧なもてなしをうけて感激したと語っていた。このほかに興味深いのが、国際連盟(League of Nations)時代のユネスコに妹と共に勤務していたという。今でも国際機関(特に国連)に勤務する英語圏の良い血筋系の子女をちらほら見るが、もっとのんびりした時代であったろう。彼は作家活動で得た収入で、アジア・アフリカ各地を船とジープで旅した。グローバリゼーションの波が寄せる遥か前の「暗黒」大陸を歩き回る冒険心に触れてたいへん胸が高鳴る。日本でも、旧財閥系の商社なんかにはこんな動線を描いた人もいたのではないだろうか(白洲次郎とか)。 その後、親族が相続した出版社は(「メディア王」ルパート・マードック出版部門の!)ハーパース・コリンズに買収され、その屋号はオーストラリアに残る。学術出版部門は在英のルートレッジ等に売却。 ネットで調べると、彼の名は父とともに、貴族名鑑にのっていた。(恐らく一代)貴族の息子ということで、彼自身が厳密な意味での貴族ではないかもしれないが。 「この後」の話はあまりしなかったが、文化的な富を十分に吸収し、ある時代を高速に生きた分、この部分を反芻しても十分余りあるのかも。欧米人の間では伝統的に、旅が特権的であった名残で、well-traveledな人を文化素養が高いと賞賛する向きがある。彼ら夫婦こそ、探究心と知性が異国の旅経験で磨かれて、輝いている良い例だ。おん年88歳の彼は今、イタリア語を勉強している・・・。若輩な自分が時間を浪費している場合ではありませんな。 追記:その後の調べで、在英の学術部門Unwin & Hyman出版社から、現在の大学院コース・デイレクターの著作が出版されていたのを知り、隣人の彼と自分の接点を発見。世の中、狭いもの。
by bohemianism
| 2006-05-22 05:31
| 英国 UK
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